コールネーム


それは昼休みのことだった。

「ねぇねぇ、辰羅川君。」
辰羅川は今まで操作していた作業を休めて、の方を向いた。
「何ですか?さん。」
辰羅川はやわらかな笑顔を浮かべていた。
は中学のころ、クラスメートだったから少しは気が知れている。
「辰羅川君のこと、あだ名でよんでもいい?」
「ええ、いいですよ。」
「ありがとう。」
このとき、やたら雰囲気が良かったせいか、辰羅川は忘れていた。
…彼女が面白いもの好きだということを。

「じゃあ、これから「たっつー」でいいね!」

「た…「たっつー」…ですか?」
辰羅川の笑顔がかすかに引きつった。
「もう少しまともなものにしてくれませんか?それでは某ポケ●ンと一緒ですし…。
「比較的マシだと思うんだけどなぁ。…じゃ、「もみー」。」
辰羅川は今度はあきれた顔になった。
「どこがまともなんですか…。」

「じゃ、何ならいいわけ?」
挑戦的な目で辰羅川を見つめる
その目を見ているとなぜか辰羅川まで対抗心が芽生えてきた。
(そうですね。彼女のことですから
おそらく普通の呼び方は考えていないでしょう。)
辰羅川の笑みが別の笑みへと変わった。
「なら、あなたが考えた私のあだ名を100お上げなさい。
そうしたら好きなあだ名をつけても良いですよ。」
そしてもうひとつの考え。
(いくら彼女でも人権侵害になるほどの名はつけないはず…。)
「昼休み中に答え切れなかったらあきらめなさい。」
は大して困った風はなく肯定の返事をした。
「いいよ。じゃあ、いくよ。」

スタート!
「まずたっつーでしょ、で、たっつん。たつらんにたつりん、たつらー。
「何なんですか、それ…。」
「辰シリーズ。続いてたつしん、たつじ、たつがわ、たつがー、ドラゴン…。」
「最後のって…。」
「気にしない。続いてもみシリーズ。もみー、もみもみ、もみやま、もみがわ、
もみしん、もみー☆信二、もみあげ男、もみあげこういち、かくもみ、つのもみ。」
「☆…?。」
「もみっち、もみりん、もみこ、もみ太、もみん。」

そんな感じで は辰羅川のあだ名らしきものを次々と上げていった。
辰羅川は最初はあきれ半分に反応していたが、やがてそれも疲れてしまった。
あまりにもとってつけたような名前や、変な名前がたくさんでてきたので、
ばかばかしいと感じていた。
はこういう人なのだと、あきれながらそう思い込もうとした。
「もういいですよ…。」
の言葉が70を過ぎたところで辰羅川はそれを止めた。
「もみあげ黄金の比…え?」
「好きなようにお呼びなさい。」
正直、変な名前の押収に辰羅川は耐え切れなかった。

人権侵害になるほどの名はつけないはず。

辰羅川は根底にそういった考えをもっていた。
(まぁ、初めにおっしゃった「たっつー」くらいですむでしょう…)
だから辰羅川はに対し、あっさり観念をした。

は少し驚いた目をしていたが、
やがて目を細めて、ふふんと鼻息を出した。
「いいのね。それじゃあねー…。」
がそれで納得したのを確認すると、
辰羅川はこれから飛び出してくるであろう変な名前に対し、目を伏せた。
は勢いよく声を上げた。

「シンジぃ!」

「え?」
「いや、だから信二。」
「はぁ。」
辰羅川はその、あまりにもそのまますぎる名づけに呆けてしまった。
あれだけ変な名前を散々言った後にこれは予測していなかったのだ。
「何、不満?」
「いえ…。」
「じゃあ、私のことはこれからって呼んでね。」
辰羅川は呆けていたせいで話の流れをあまり理解していなかった。
「はい、さん…。」
はそれを聞くと顔を上げて、にぱっと笑った。
「それじゃあ、そろそろ授業が始まるから教室戻るねー。」
そう言うとはくるりと方向を変えて、軽快に教室の外へとかけていった。
「何だったんですか…?」
辰羅川は遠い目でが去った方向を少しの間見つめた。

が去って2.3分したあと、どこかへ行っていた犬飼が教室へ戻ってきた。
辰羅川はそのことに一瞬安著を覚えたが、すぐに犬飼がこちらに
まっすぐ近づいてきていることに気づき、眉をひそめた。
しかも犬飼の顔は心なしか少し赤かったりする。
「おい、辰。」
犬飼は辰羅川の机の前で立ち止まると
怒気を含んだ声でその目の前の人物を呼んだ。
「何ですか?犬飼君…。」
思わず恐怖心が入った声をだしてしまったが、
それでも辰羅川の心の大半を占めるのは、
「もうすぐ授業が始まるというのに、なぜ私のところにまっすぐに来るのか」
という純粋な疑問だった。
に何かしただろ。」
「え?」
やはり辰羅川には何のことだかわからなかったが、
それでも犬飼の表情の真剣さに言葉を失った。
そして次に核心に迫った一言を犬飼は言ってのけた。
がな。」
辰羅川は目をしっかりと犬飼に合わせてみようとした。
しかし犬飼が次の言葉を言うとともに
目をそらしてしまったのでそれができなかった。

「『辰羅川くんと名前で呼び合う仲になっちゃった♪』って
赤い顔両手で押さえながら言うんだよ!」
犬飼は地黒の肌を赤く染めあげて、吐き捨てるようにそう言った。

「…は?」

辰羅川は気づいていなかった。
が後ろを向いて駆け出したとき、
顔をほんのり赤くして喜びに満ちた顔をしていたことを。
『あ、シンジィね。信二。うふふふふふ。』

辰羅川は呆けていた。
しかし落ち着いて考えれば理解するのは容易なこと。
辰羅川は犬飼が言ったことのその意味を、おおよそ考え付いたら、
素早く目を開閉させたあと、それをぱっと見開いた。
「……あぁ…。」
漏れ出た声は同時に心身の緊張も溶かしてくれた。

「そうだったんですか…!」

辰羅川の心の中に一筋の光がさした。
その後、顔を赤らめたまま感嘆する辰羅川を見た犬飼は
呆れ顔でため息を一つ吐いて、だるそうに自分の席へ戻った。

――どうやらうわてなのはの方だったようである。

---END---


あとがき

とりあえず、ネーミングセンスがなくてすみません。
彼女の呼び方はあくまでも「信二」です。「シンジィ」は高揚しているときにそうなるだけです。
辰羅川ドリーム、需要ありますかねぇ…?



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