青学テニス部マネージャー。 俺にとっては先輩であり、なかなかの魅力を持っている人。 その寛容性と一生懸命さに、 後輩から結構慕われているらしい(堀尾が言ってた)。 それはともかく、俺は今、ちょっとその人が気になっている。 しっぽのように垂らされた長い髪。 ただヘアゴムで結わえただけの髪。 もったいなぁって思いつつ、目で追ってしまう。 「先輩。」 部活中、俺は先輩に声をかけた。 しかし、先輩は忙しいのか、聞こえていないのか道具運びに奔走していた。 「先輩!」 声を荒げてみると、今度は俺に気づいてくれたようで、 先輩は道具を持ちながら、こちらに駆け寄ってくれた。 「なに?リョーマくん。」 「先輩、今暇っすか?」 「…見りゃわかるでしょう。」 先輩は、苦笑いしながら首をかしげた。 「じゃあ、近くに時間が取れるときは?」 「それって部活のとき?」 「それ以外で先輩に確実に会えるときってそうないっすよ。」 「そういえばそうか。」 「ちょっとした用なんすけど…。」 けれど、俺にとっては気になること。 俺が少しだけ下を向いたとき、先輩はわずかに笑みを見せた。 「わかった。何とか時間作るよ。」 リョーマくんのために―― 表情がそう言っているようで、うかつにも俺は少しどきっとしてしまった。 その後、先輩はいつもよりもかなり早く動き、 しばらくした後、先輩は息を切らしながら俺のところへ駆けて来た。 「とりあえず手あいたよ。」 俺は先輩を連れて、部室へと向かった。 部室にて。 先輩は綺麗な眼で俺を見ていた。 用は何だろうと少し期待したまなざし。 俺は息を整えてから、口を開いた。 「先輩っていつもその髪型なんすか?」 下の方でただ結わえただけの髪。 身体と共に動くそれ。 先輩は目を瞬きさせた後、答えを出した。 「えと、大体そうだけど。…あと、たまに編んでるときもあるけど。」 これが一番楽だしと先輩は言う。 もったいないすよ、本当。 もどかしい気持ちが胸を覆う。例えば…そう。 「例えば、ポニーテールとかしないんすか?」 「ポニーテール…。」 少し考える仕草をする先輩。 「私、上の方で結ぶの下手なんだ。下の髪がさ、ゆるむの。」 頭を触りながら先輩は軽く笑う。 「なら、俺がやってあげる。」 「いいの!?」 先輩はあっさりと肯定の返事をくれた。 ヘアゴムをはずして、髪をときほぐす。 先輩の髪に触れると、少しどきどきする。 ふわりと良い香りが漂う。 「ときにリョーマ君。こういうの得意なの?」 「え…別に。興味本位でやってるだけっす。」 「へぇ。テニス以外でリョーマ君の興味って初めて聞いたよ。」 「先輩は俺のことなんだと思ってるんですか…?」 「んー?」 「…先輩なら教えてあげるっすよ。俺の興味。」 あんたも興味の対象に入っているんすよ―― ポニーテールが完成した。 自慢じゃないけれど、結構自信作だとも言える。 それにしても…。 後姿だけでもどきどきしてしまうのはなぜだろう。 俺、ここまでポニーテール好きだっけ? いや、おそらく先輩だから―― 「終わった?」 先輩が振り向いたとき、大きく心臓が跳ねた。 「ひゃっ!」 先輩が悲鳴を上げたのは、俺が先輩を抱きしめたから。 「衝動」といえる行動だった。 (あぁもう。) 頭の中は壊れるくらい先輩への賛辞が流れている。 けれど、実際口には何も出せず。 俺はただただ先輩を抱きしめるだけだった。 よく緊張していると一分一秒が長くなると言うけれど、 今がまさにそのときだろう。 やがてはやる心臓をおさえて、俺は先輩の様子を見つめた。 先輩は俺が抱きしめたときから、特に目立った行動はしていない。 嫌がられていないと解釈するとうれしいことだが、 このままというのもどうなんだろう。 そう思うと、複雑な気持ちが胸を覆う。 「先輩――」 俺は意を決したように先輩に話しかけた。 「その髪型―似合う―」 そのときドアの方からがたがたという音が聞こえた。 「おーい、おち…」 その特徴的な声に俺は思わず先輩から飛びのいた。 「お前何してんだよ!」 「菊丸先輩…。」 持ち前の動体視力が良いせいか、 菊丸先輩はばっちりその現場を見てしまったようだ…。 「ずるいぞ!俺だってちゃんに抱きつきたいにゃ!」 「気のせいっす。」 「んなわけなーい!!」 喧騒(と言っても菊丸先輩がうるさいだけだ)のさなか、 その話題の本人はまだその場でじっとしていた。 「とにかく、俺にはおちびを連れてくると言う使命がある! と言うことで行くぞ!」 「ちょ、ちょっと!?」 何も服、しかも首根っこを引っ張らなくても! 引きずられそうになる俺。 そのとき先輩は照れくさそうにつぶやいた。 「リョーマくん、ありがとう…。」 その一言で俺の先輩への気持ちはしっかりと定まってしまった。 あれから、先輩はポニーテールにしてくることが 目に見えて増えていた。 振り向くと、先輩はわずかに顔をほころばしているようで。 …俺、期待していいんすか? ---END--- |