わらって?


笑顔を作るのが苦手だ。
といっても、面白いことがあれば普通に笑うことはできるんだけど、
そういうことではなくて。
特に写真を撮られるとき、その悩みは顕著に出る。

―パシャ―

とんとん、と肩を叩かれたので振り向いた。
その瞬間、強い光が私に突き刺さった。
すぐ後ろにいたのは不二周助、その手には…カメラ。
私は驚きでそのまま固まってしまった。
さん…何、見られたらいけないものを
見られたときのような顔をしているんだい?」
不二はいつもの穏やかな表情に少し疑問の色を浮かべてこちらを見ていた。
その声で意識がはっとよみがえる。
「ふ、不二君…。何で…。」
動揺で言葉がうまく出せなかった。
しかし不二はその言葉を汲み取ったように答えてくれた。
「趣味。写真撮るの、趣味なんだ。」
「そうなんだ…。」
(だからといって私なんか撮らなくても…)
そう思ったが、私はあえてそれを言わずに不二から目をそらした。
それで不二とのコミュニケーションは終わると思っていた。
しかし不二は私を見続けていた。
そのまっすぐな視線に、また顔が固まりそうな気がした。

さんってさ…写真取られるのって苦手なの?」
心の中にふれる言葉だった。
「あぁ、そうなんだろうね…。」
言いながら私は不二へと視線を戻した。
先ほどの顔の引きつりようを見て、そう思ったのだろう。
あれは我ながらまずかった気がする。
私は心の中で自虐的な苦笑をもらした。
「そうなんだ。」
不二はにこにこと底の見えない笑みを浮かべていた。

その柔和な笑みの中に、何が潜んでいるのか気になることはある。
しかし、踏み込むまで行ってはいけない。
不二はそんなイメージを私に作らせる。
…なんだか頭がくらくらしてきた。

不二はまた話し出した。
「僕は」だったか「君は」だったか、出だしが良く聞こえなかった。
しかし後に続いた言葉で、それはすぐに後者だとわかった。

「笑顔をわざわざ作るのが苦手なんだと思った。」

「わざわざ」までご丁寧につけるとは…。
図星すぎる言葉にショックを受けながらも、かすかに毒が浮かんだ。
それでもやはり、かなり打ちのめされてしまったのは確か。

笑顔を作ることが苦手ならば、
できるだけ自然にしていればいいのだろうけれど、
今の私では、笑顔を作ろうとした時点で負けている。
反射的に何かしなければと思ってしまう…。

「不二君はいつも笑顔だよね。」
つい言ってしまった一言は、言ってから少し後悔した。
考えようによっては嫌味だろう…これ。
しかし、不二の表情は少しも変わっていなかった。
普通、ポーカーフェイスとは何があっても無表情なことを言うが、
もしかしたら、笑顔のポーカーフェイスなんてのもあるのかもしれない
なんて思った。

不二はごく短く肯定の返事をした。
「うん。」
「…すごいね。」
感情の見えない言葉に息が詰まりそうだった。
「あまり沈んだ表情をしないでよ。」
「えっ、あ…ごめん。」

顔を上げ直して見えたものはやはり不二の笑顔だった。
「ねぇ、さんはイイ顔で写真に写りたくない?」
不二が突然たずねてきたことに対してか、その内容に対してか、
私はとにかく、きょとんとしてしまった。
それは…当然でしょう?
誰だって悪い表情よりは良い表情で写りたいはずだ。
私がそう思いながら短く肯定の返事をすると
不二はますますにっこりと笑った。

「じゃあ、笑って?」

「え。」
「笑ってv」

そのときの不二の笑顔はいやに威圧的で、
私はついそのペースに連れられてしまった。
「う…ん…。」

口元を吊り上げて、目を少し細めてみる。
「笑う」の形ってこんなのだっけ?と不安になり、顔が引きつる。
そもそも目の前で「笑って」といわれて
笑顔を作ろうとすること自体が何かおかしい気がする。
それでも私はやはり不二に逆らえない気がしていて、
目だけで不二に不安さを訴えていた。
不二は相変わらず平静だった。

少し、いや、個人的にはかなりの時がたったように感じた。
顔は作り笑顔のまま固まっていて、目の前にはそれを見つめる不二。
私はその状態に耐えられなくなって、とうとう不二の名を呼ぼうとした。
しかしそれは、ふと出た不二の言葉によって、さえぎられてしまった。

「不自然。」

一瞬思考が止まった。
そのあとすぐに私は、弱冠怒りを込めて不二の名を叫んだ。
その瞬間、またシャッター音が聞こえた。

―パシャ―

「……………。」
私の視線の先にはやはりカメラがあった。
先ほど不意に撮られた写真のことを思うと、
なんだか、ふてくされてしまいたくなった。

不二side
ねぇ、さん。
僕は君にイイ顔で写ってほしいんだ。
といっても、何も笑顔だけを求めているんじゃない。
もっと自然な表情を見せてほしい。
…少なくとも、僕と一緒にいるときだけでもね。
そしてたくさんの君を見て、すべてこのカメラに収めてしまいたい。
だから、ねぇ、いつか君の自然な笑顔を僕に撮らせてね?


不二は満足そうにカメラを触っていた。
「写真あげるね。」
「………いらない。」
「2枚現像してもらうから。」
不二のその言葉とその異様なくらいの笑顔に
私は脅迫的なものを感じざるをえなかった。
私はこの一言しか返せなかった。
「わかった…。」

---END---


あとがき

「テニスの王子様」本命、不二夢です。
本命の割には夢として間違っている気がしないでもありません。
この不二…一応黒くならないようしましたが、ヒロインが思う不二がなぜかグレイに。
…それは私が真っ白な不二の想像がついていないからです。
最後に、人気投票一位おめでとうございます!



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