鹿目さん散髪記


十二支野球部の誰かが、
「妹の髪の毛を切ってやったら泣かれた。」
と言っているのを聞いたからか、
それとも近所の子供が母親に髪の毛を切ってもらい、
「お母さんに切ってもらったのー。」
とうれしそうに頭を見せていたからかなのか、
鹿目筒良は今、無性に誰かの髪を切りたかった。
見れば十二支野球部は個性的な人が多い。
それは髪型に関しても例外ではなく、金髪、銀髪、アフロにとさか頭…。
髪型に関する校則はないのかというくらいの人たちが結構いる。
鹿目はそこから特に目に付く人たちを選んで、その方向へ歩いて行った。


「犬飼。」
「鹿目先輩。」
鹿目に声をかけられ、犬飼はボールを投げる手を止めた。
向こう側ではボールを持った辰羅川が2人の様子を伺っている。
身長上、後輩が先輩を見下ろすことになるのだが、
2人はそんなことは気にをとめなかった。
(そこで気をつかっても鹿目が怒るだけだ。)
それより犬飼は自分と同じポジション、しかもレギュラーのこの先輩に、
自分の投球に何かコメントをもらえるのではないかと、柄にもなく少し緊張していた。
しかし鹿目が次の言葉を発したとき、
犬飼は一瞬自分の銀髪が白髪になったような気がした。

「その髪…切らせて欲しいのだ。」

そしてその言葉は辰羅川にも聞こえていたのか、
辰羅川は少し視線を下げて、かすかな笑いを漏らしていた。
「とりあえず嫌です。そういうのはバカ猿にでもやってください。」
「猿野は下手したら暴れそうだから嫌なのだ。それにその後、
女装して『私の身体をもてあそんで…』なんて言われそうなのだ。」
犬飼はその言葉が心にしみるくらい納得した。
しかしそれとこれとは話が別。
「だーかーら。」
鹿目はそう言いながら犬飼の頭をつかもうとした。
しかし身長差のせいでそれをよけやすかったため、
鹿目の手は犬飼の頭をつかむと言うところまでは至れなかった。
鹿目は自分の手をまじまじと見つめた。
「……………別にいいのだ。他の人に頼むのだ。」
犬飼は去り行く鹿目の背中を見送った後、練習を再開した。


その後も鹿目の願いは次々と断られ続けた。
「牛尾―――蛇神―――三象…は短いからいいのだ。」
「僕は遠慮しておくよ。」
「我も也。」
「皆ひどいのだー!」
鹿目は思わずほほをふくらませた。
傍目から見るとかわいさ倍増なのだが、皆あえて気にしないようにした。

被害者にはなりたくない。

「やっぱり後輩に頼むのだ。虎鉄――猪里――――――。」
しかし虎鉄・猪里の姿はグラウンドのどこにも見えなかった。
「どこに行ったのだ?」
きょろきょろと首を動かしてもやはりいない。
「先ぱーい。」
気がつけば、鹿目のそばには一年のマネージャーの がいた。
鹿目より10センチ以上小さいと思われる彼女は猫湖と並ぶ、
「2大小さなマネージャー」として皆から慕われている。
鹿目としても自分より明らかに小柄な女の子というのは
見ていて素直にかわいらしいなと思っている。
「何なのだ?ちゃん。」
「猪里先輩と虎鉄先輩なら先ほど気分が悪いと言って、
どこかへ行ってしまわれましたよ。」
「そうなのだ?むぅ…。」

きっと逃げたのだ。

鹿目がそんな風に考えているポーズをとっていると、
2人の会話が一段落したのを見計らってか、
2人のところへ近づいてくる者がいた。
さん。」
「何ー?子津君。」
子津忠之助、バンダナと口調が特徴の一年生。
見れば、部員の中では目立つというほどではないにしろ、
なかなか切り甲斐のある髪である。
鹿目の目がキラリと光った。
「ユニフォームが破れてしまったので、お暇なときにでも縫ってほしいっス。」
「うん、いいよ。」
「ありがとうっス!」
子津と、この組み合わせは実にほのぼのとした空気を生む。
しかし今の鹿目にはそんなことは関係なかった。
「子津。」
「何ですか?鹿目先輩。」
子津は上機嫌な表情で鹿目のほうを見た。
しかしその後、子津の表情は一転して引きつった。

「その髪切らせろなのだ。」

鹿目は黒いオーラを発しながら子津の目を見つめていた。

子津の心境。
(な、なんスか!?一体。髪切らせろって野球に関係ないっスよ!?
今、部活中ですし。それになんかいやな予感がするッス!
でも先輩を頼みを無下にはできないっス。ここは丁重にお断りを…。)

そんな風に子津が困惑した顔つきで考えていると、
鹿目は不意に子津のシャツをつかんで引っ張った。
「いいから行くのだ。」
「やっぱ、いやな予感がするっスー!!」
子津はそのひしひしと感じる予感に、何とか抵抗しようともがきだした。
先輩への礼儀より防衛本能が働いたのだ。
「むぅ…暴れるななのだ。」
「いや〜!さん助けてくださいっス〜!!!」
は二人の様子をなんとなく見ていたのだが、
子津の必死の一言で気を入れ直した…かに思えた。
「うーん…。散髪代の節約になるんじゃない?」
返事がこれでなければ子津にとってはもっと良かったのだが。

「いぃーーやぁーーーーー!!!」

子津は恐怖心にまみれた表情で、
鹿目に引っ張られたままグラウンドから姿を消した。

マネージャーとキャプテンの会話。
「おや?くん。鹿目君と子津君は早退かい?」
「はい、今一緒に帰っていきました。」
「そうか。じゃあ虎鉄君と猪里君の居場所がわかるようだったら、伝えてくれないかい?」
「何てですか?」
「もう大丈夫だよ、って。」
牛尾は一つ笑いを漏らした。
心の中では同じ野球LOVEの後輩、子津の無事を祈りつつ。

翌日。
「子津、オーッス!」
「猿野君、おはようっス…。」
元気良く声をかけた猿野に対して、子津は明らかに落ち込んだ返事を返した。
猿野は子津の浮かない顔を不思議に思いながら覗き込んだ。
「ん?子津、何だそれ?」
見ると子津はいつもしているバンダナの上にさらにタオルで頭を覆いつくしていた。
まるで農作業をしている人間のようだ。
「なな、なんでもないっスよ!」
子津は猿野の言葉にあわてだし、とっさに頭を押さえた。
「ははーん、この中に何か隠してんだろ。」
「隠してないっスよ!」
子津は即座に反応した。
しかしそれがかえって猿野を怪しませることとなってしまった。
「わかった、わかった。じゃ、それ取れ。
「う………。」
「とらねぇとなまはげじゃー!」
「キャー!!」
そしてなぜかなまはげになった猿野は、
子津の悲鳴を合図に子津もとい子津の頭に襲い掛かった。
「ぎゃぁーーーーー!!!」

……………。
「プ…クク……アハハハハハハ!!」
「だから嫌だったんスー!」
猿野は心の底から大笑いしていた。
「なんでおまえほっぺ先輩になってんだよ!」
そう、鹿目の被害にあった子津の髪型は、なんと鹿目と同じ髪型になっていたのだ。
周りの人間は見て見ぬ振りするもやはり抑えきれずに笑っていた。
「先輩が勝手にやったっスよ!」
「ハハハッ、オマエさいこー!な、さん。」
「え。」
気がつけば2人の近くにはがいた。
子津はそれに気づいていなかったので、またあわてだした。
「あ、あの…。」
「子津君…。」
は少し複雑な表情をしていた。
さすがのもこれ以上はコメントできないようだ。
恐るべし、子津の鹿目ヘアー、色はピンクだ。
「…子津君ごめん!」
そしてはそういうとどこかへ走っていってしまった。
「あぁっ、さぁーん!」
子津はこの世の終わりといったくらいのショックを受けて、肩を落とした。
そして地面に座り込んで嘆いた。
しかしその様子も周りにとっては、ただただ面白いとしかいえなかった。

その様子偶然見ていた鹿目と牛尾および蛇神。
「あいつら何であんなにうるさくしてるのだ?」
「鹿目君のおかげだよ。」
「そうなのだ?でも僕はあの髪型が一番いいと思うのだ。」
「そうかい?(笑)まぁ鹿目君には良く似合うけどね。(子津君には…)」
「当然なのだ。」
落ち込む子津を傍目に鹿目と牛尾はのんきな会話をしていた。
そして蛇神は、
「子津よ、髪はいずれ伸びるゆえ、今しばらく待つ也。
しかし今すぐに髪を伸ばしたいと言うのならば、古来から我が地に伝わる秘薬で…」
そのようなテレパシーを送っていた。
「それはそれで嫌っスーーー!!」

おわり


最初の鹿目さん謙虚過ぎるなぁ…。


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