雨恋


雨の季節が来た。
その気配に私は顔をしかめる。
雨が好きではないという人は結構多いかもしれない。
その理由はおそらく濡れるのが嫌だという人が大半。
私もその部類に入る。
けれど、外に出る限り雨から完全に逃げることは不可能なわけで、
私は今日も傘を差し、歩く。

ある日のこと。
やはり私は傘を差して、雨の中を歩いていた。
少し陰うつな気持ち。
だが、そこで一人の男性に目を惹かれた。
派手な黒いコートを着たオールバックの人。
この雨の中、傘も差さずに歩いている。
それなのに、堂々としていて…何というか独特のオーラを感じる。
不思議な雰囲気。
私ははっとしてその人の方へ駆け出した。
傘に入りませんか――と手を差し伸べる。
それは純粋な親切心からだった…けれど。

「雨は嫌いじゃないんだ。」

男性の穏やかな笑みに、私は一瞬、目が丸くなった。
その後、私はあいづちとしか言えない言葉をつぶやいた後、
早足でその人から離れようとした。

その人の言葉は私の頭の中にずっと居座り続けた。


二度目の出会いは私のミスより始まった。

あぁもう。
水を蹴る音が断続的に鳴る。
出かけ先から帰るときにはすでに雨が降っていた。
ゆえに、行きがけに傘を持っていかなかった私は
必然的にぬれて帰るという選択肢しかない。
大粒の水滴が地にぶつかると、次に見えるは雨一色。
私はがく然とした気持ちでしばらくその場に立ち尽くした。

走っている途中、ふと、小さな声が聞こえた。
雨の中だというのに、いたく澄んだ声。
猫だ。
私は立ち止まって、辺りを見回した。
しかし、猫の姿は見えない。
にゃあん。

もしかしたら雨にぬれているのだろうか。
そう思うと、私はその声を追いかけようと足を動かした。
自分も雨にぬれているのだから、
猫など気にしている余裕はないはずなのに、
なぜか追い求めずにはいられない。
ひとしきり足を動かしてから私はため息をついた。
―――見つからない。

しかし、一旦立ち止まった足を再び一歩踏み出したとき、
私は見つけてしまった。
猫のことではない。
雨の中で不思議な雰囲気を持ったあの人。
その人を見つけたときには、その後いくら耳を澄ましても
探していた猫の声は聞こえなかった。


「同じだな。」
ふと、目が合うと、わずかにその人は笑った…
…ような気がした。

男が立ち去った後、私は胸に手を当てた。
とくん、とくん…。
穏やかな、それでいて熱を持った鼓動。
自分は雨に濡れているというのに、その心は不思議と心地よい感じがした。


あれからいくつ時が経っただろう。
お互いに名を知ってからいつしか、
私の想いを知ってか知らずか、クロロは私を我がものと位置づけた。

今日はクロロと待ち合わせをしている。
天気は雨。
クロロはきっとまた傘を差さずにいるのだろう。
今度は私の傘を受け入れてくれるのだろうか。

そんな風にいろいろな考えをめぐらせていたが、
歩いている途中に私は出会ってしまった。

―ダンボールに入った小さな猫―



とある軒下にクロロは立っていた。
彼は私が近づいてきたのを察知するとすぐに私のほうを振り向いた。
そして彼は私を見て、目を瞬かせた。

―ずぶぬれの私――

傘を持っていず、遠慮なく髪や服をぬらしている。
人との待ち合わせにしてはなんともいえない姿。
だが、彼の表情はすぐに納得したものに変わり、わずかに笑みすら見せた。
「イイ姿だな、。」
「いや、あはは…。」
こういうときばかり、名前を呼ぶのは卑怯だと思う。
けれど、非があるのは明らかにこちら。
ゆえに私は力なく笑うしか出来ない。

「まずは着替えたほうがいいな。」
クロロが私の肩を抱いてそう言う。
肩から伝わるぬくもりに少しどきりとした。
これから何があるのか私は知らない。
彼に呼ばれたから来ただけだ。
たとえそれが闇に踏み込む行為だとしても、私に逆らうすべはない。
―あらがう意思もない。
ただ今は温かい気持ちを抱いて、私は彼に身を預けるのだ。

そして二人は共に歩いていった。


そこから数100m離れたところ。
道端に傘が置かれている。
開かれたままの空色の傘。
その下にあるのはダンボールの箱。
その中にいるのは…小さな猫。


---END---


あとがき

皆様は雨はお好きですか?私は…時と場合によります。
夏場、あまりに暑い日が続くと雨よ降れと思いますし、
外に出る用事がなければ、雨音を聞くのもいいものです。



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