熱視線


私は「野球」が嫌いだ。
別に元々好きなわけではないんだけれど。

「野球はLOVEだ。」

あなたのその言葉で私はますます「野球」が嫌いになった。

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カキィーーーーーン。
痛快な音と共にすぐさまざわめきが広がる。
「牛尾さんすげぇ!」
なんて聞き飽きたセリフが自然と私の耳に入ってきた。
遠目に見えるのはもちろんグラウンドを走る牛尾御門。
ホームランをかっ飛ばしたゆえか、
牛尾のいやにさわやかな笑顔が、直視していられないほどにまぶしかった。
何故そこまでの表情ができるのだろうか、いまいち私には理解ができない。

そんな風に、グラウンドにいる牛尾を見ていると、
ふとくだらない考えがよぎった。
本当にくだらない考え。
もし、牛尾に「私は野球が嫌いだ」と言ったらどう反応するだろうか?
よくわからないと言った感じで苦笑いをして、
他人のことだからと放って置いてくれるだろうか?
それともその身をもって「野球」の楽しさとやらを教えてくれるのだろうか?
それとも…あぁ、やめよう。
本人を見ながら考えると気分が悪くなる。

私は思わず牛尾から顔を背け、他レギュラー陣を見るように目を向けた。
蛇神尊・鹿目筒良・三象男歩…個性的な人間の多い
十二支野球部の中でも、一際目立つこの人たちは見ていて飽きない。
牛尾から目を離すとき、あの人たちを見てしまうのは私の癖だ。

それにしても…暑い…な。
本日ハ晴天也―――――なんてね。
…ん?蛇神と目が合った?
「也」なんて語尾をつけたからか?
いや、他の部員たちも観客もこちらを見ている。
何故?
そんな疑問をふくらましていると、ふと一つの影がかかったのに気がついた。
私は少し驚いたように顔を上げた。

くん。」

「牛尾……君。」

私の目の前には、気持ち良さそうに汗を流した牛尾がいた。

何故この人はここにいるのだろう?
本来ならあちらにいる他のレギュラー陣のところへ戻って、
仲間と喜びを分かち合っているはず。
それがあなたの好きな「野球」のはずだ。
野球はLOVEだとか言う人が、部活中に部外者を相手にすることなんてない。
私はただ牛尾を見上げているだけだった。
牛尾は走っていたときとほぼ変わらない笑みを私に向けていた。

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くんは日陰に行かないのかい?」

牛尾にそういわれて辺りを見回すと
いつの間にか観戦していた女子たちが木陰からこちらを睨んでいるのが見えた。
そう言えば「やぁーん、焼けるぅ。」なんて声が聞こえていた気がする。
本日は晴天。
高校の女子ともなれば当然日焼けを嫌うであろう(一部を除く)。
しかし私は不思議とこのままでいいと思ったので、
牛尾から目線をはずしてぶんぶんと首を横に振った。
「そうかい?…くれぐれも日射病には気をつけるようにね。」
牛尾はそうとだけ言い、他レギュラー陣の待つところへ戻った。
私の元へ残ったのは、太陽の焼け付くような暑さと
陰から来る女子たちの視線だけだった。
はっきり言って余計に暑くてうっとうしかった。
しかし私は、しばらくそのままの場所でグラウンドを見続けた。
別にこの豊かなところで、日射病で倒れるほど弱いつもりはない。
少なくともそこらのお嬢さんよりはね…。
あれから牛尾はずっとグラウンドを見つめていた。

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私は「野球」が嫌いだ。
別に元々好きなわけではないんだけれど。
たとえあの人とどんなことがあったとしても、
あなたの心の大部分は、痛快な音に、歓声に、爽快な感覚に、仲間との喜びに、
それら全部ひっくるめて「野球」に占められているのだから。
まず私などの視線に取り込まれることなんてありえないのだから。
それなのに何故私はここにいるのだろう……………。
………いや、わかってはいるよ。

もしいつか牛尾と、例え野球についてでも、
牛尾にとっての自分の存在が、一瞬でもほんのわずかでも
見い出せるのならば、やはりうれしいと思うから。

私は牛尾の大好きな「野球」は嫌いだけれど、牛尾自身は好きなのだ。

だから私は嫌いな「野球」を、そしてあなたを見てしまうのだ。

熱は太陽の熱だったり。


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