最初から気にしていたわけじゃなかった…けれど… 蜘蛛とタカラ 前編ヨークシンシティのセメタリービル内、そこに立つ一人の女。 名は。職業はハンターである。 (…にしてもうちの雇い主ったら…。 宝物手に入れててこいってのはわかるけど、何もこんな日にしなくても…。) は嘆いていた。 しかしそれは、ごく一般的な思考を持ったものであれば 誰もが仕方ないと思えることであろう。 ほんの数日前に地下競売の会場が、幻影旅団に襲われた。 A級賞金首で名を馳せるその盗賊集団に オークションに集まったたくさんの要人はきれいに消えさった。 (また襲われたらどうするっつーの。 こっちはブラックリストハンターじゃないんだから、いちいち相手してられないよ?) だが、の頭の中はいたって強気だ。 幻影旅団におびえる様子は全く見えない。 といっても、ただ単にまだ会っていないから実感がわかない。 そう言った方が正しいのかもしれない。 「嫌だなぁ。」 今のところはまだ、間延びした声でそうつぶやくくらいである。 オークションまでの待ち時間、ふと一組のカップルに目がついた。 少女と男の2人組。 (女の子?…17歳…ぐらいかな?あどけなさ残ってるし。) その娘以外は99%といっていいほど、いかにも裏社会の要人と言う風貌。 だからあのような娘は、めずらしいゆえに目に付いてしまう。 はその横にいる男も気になった。 男自体はたくさんいるから、別にめずらしいというわけではない。 けれど、そのあまりにも端正な顔と、 不思議な輝きを持った瞳には惹かれた。 (きれいな人…。なだらかだけど、けして弱い感じのしないオーラ…。) あんな人もいるもんだとは新しい発見をしたようで妙にうれしく感じた。 そんな風には実に些細なことをぼんやりと考えていた。 すると、突然そこから興味を惹かれる言葉が耳に入った。 「仲間内にはダンチョーって呼ばれてるけど。」 (えっ…。) また視線が引き寄せられた。 (ダンチョー…?) しばらくして事件はおこった。 トン… 小さな音と共に男の横にいた少女が倒れた。 一見すると、不意に少女がめまいを起こしたかのようにも見える。 しかしにはそこで何が起きたのか、本当のことが見えていた。 男が少女を手刀で気絶させた―― は初め、あの2人は金持ちのお嬢さんとそのボディガードだと思っていた。 しかしその男が少女を倒してしまった。 じわりじわりと胸が圧迫される。 そうなると気にかかるのは「ダンチョー」という言葉。 一つの単語が頭をよぎる。 (まさか…ね…。) はそう思いこもうとした。 だが、それでも妙な予感が押さえきれない。 むしろ、何かを求める好奇心すら芽生えてくる。 は行動を起こしてしまった。 言い表せないほどの不安、わけのわからない恐怖、 それでもなぜか惹きつけられるその存在。 の目は本気を宿した。 一度男から離れてから、絶を使ってその男を尾行する。 あの男がもし幻影旅団の、それも団長だとしたら、この行動は危険極まりない。 それはわかっているけれど。 別に事件を起こしたら、捕まえて差し出してやろうなんて、 気持ちはみじんもない。 ただその存在が何よりも気になった。 しばらくするとある部屋についた。 男はその部屋の中にいる。 は少しの間そのすぐそばで息を潜めた。 しかし、そこに長くいたら到底耐え切れないだろう。 そう思ったは、少し開いた扉に盗聴器を仕掛けた。 音だけでも十分な情報を得ることができる… そう自らに思い込ませ、できるだけ早くその部屋から離れた。 -数分後- はラウンジで飲み物を飲みながら、 イヤホンから流れる音に意識を傾けていた。 聞こえるのはあの男の声と別の男の断末魔。 (―コロシタ―――) は息を呑んだ。 別に殺人自体を恐れたわけではない。 そんなものは仕事上身近で十分に体感している。 それでもわけのわからない感覚が押し寄せる。 しばらくして音は消えた…はずだった。 だが、また足音らしき音が聞こえてきた。 その音はしばらく休まることなく続き、 そして、それはやがてイヤホンをしていない方の耳からも聞こえてきた。 「こんばんは。」 の前にいるのは穏やかな表情のその男。 一粒の汗が流れた。 +--後編へ--+ |