窓から顔を出す。 髪をそよぐ風はとても穏やかで、煌々と照る月には少しまぶしさを感じる。 外を眺めて、今日も想う。 どうして私はここにいるの。 そのことを想うと切なくて切なくてしかたがない。 月や星の動きでさえもわかる。 外はあんなにも目ざましく動いているというのに。 私はここから出ることを許されない。 わずかに揺れるカーテン。奥までは立ち入れない光。 そのほかは静かで暗く。 そこに私はずっといつづける。 どうして私はこんなところでじっとしているの? お願い…誰か私をここから…。 それでも、白馬の王子様なんて、絵空事だということはわかっているけれど。 朝がきて、やがて日が高くなる。 は医師の診察や食事のとき以外は、 ほとんどぼんやりとしているか眠っている。 出来るだけ意識を持たないようにしないと、 ここにいることに気が狂いそうになる。 ほら今日も、ときおり息を荒げ、胸を押さえる。 それでも、事務的な者など呼びたくはない。 涙をためて、めぐる熱に震えるの。 なおらないものなら、いっそ放ってしまえと思うのはわがままなの? 夜には両親が訪れる。 といっても、それは毎日のことではなく、訪れない日もしばしば。 けれど、今日は両方とも来てくれた。 両親は当たり障りのないことを私に話して、わずかに笑んで去っていく。 至福のとき。 もこのときだけは笑むことが…できる。 たとえ、心のどこかが空っぽだとわかっていても、意識を背けられる。 そしてまた一人。 カーテンを開けて、今日も一人で月を見る。 静かな世界…のはずなのに。 「―――!」 わずかに悲鳴が聞こえた。 けれど、そんなことはどうでもいい。 どうせ、この部屋から出ることも、かけることすら許されないのだから。 はわずかに歯噛みする。 悲鳴は断続的に起きている。 それでもはその場から微動だにせずに月を見続けた。 ふと、部屋の扉が開いた。 長い髪を持つ男…イルミ。 はイルミのほうへ向き直ると、しっかりとその相手の目を見据えた。 挨拶代わりに軽く頭を下げる。 イルミが話しかけた。 「ここの一人娘……だね?」 「えぇ。…あなたは?」 「俺はイルミ。」 「死神さん?」 悲鳴を聞いた時点でなんとなくわかっていた。 この家の人間が、誰かにうらまれているらしいということも聞いたことがある。 「うん。」 イルミはあっさりと答えた。 「やっぱり…。」 は吐き捨てるようにつぶやくと、少し顔を落とした。 「君で最後だからね。ゆっくりやろうと思って。…あ、抵抗しても無駄だよ。」 「わかってるわ。…別にいいもの。」 「ふーん。何で?」 感情のない声。 イルミがなんとなくしゃべっていることは手に取れる。 おそらく「ゆっくりやろう」という言葉を実践しているだけなのだろう。 それでもは答えた。 まるで自分に言い聞かせるように。 「父様も母様ももういないのでしょう…。 ならば私に生きる理由(すべ)はないわ。」 最期ならば、花びらが舞うように、微笑んですらみせよう。 イルミはその大きな目をずっとに向けていた。 ふと、がたずねた。 「いつ、殺すの?」 こんなことを聞いても意味がないのはわかっている。 けれど、沈黙は不安を呼ぶ。 早く殺して…なんて不らちにも思う。 「ここにいてもしょうがないもの。」 今は死さえも受け入れるから。 それも別の世界へ旅立てるひとつの手段ならば。 「さぁ…」 吐き捨てるように出した言葉は、風と共に消えていく。 トン…。 イルミの手刀がの身体に振り下ろされた。 意識を失う瞬間、はまた少しだけ微笑んだ。 これで…私は…。 ……………。 ぱちっ。 目が開くと、は白い天井に目がくらんだ。 おかしい。確か私は長い髪の男に殺されたはずだ。 ここは天国?…いや違う。 夢だった?…いや、そんなはずはない。 どうして…。 呆然とする。 そこに見覚えのある人物が現れた。 長い髪の男。 暗い部屋では気づかなかったが、とても美しい黒髪を持っている。 しかし、にはそんなこと気に留める余裕はなかった。 「目、覚めた?」 イルミが声をかける…が、はそれに視線を合わさない。 「どうして…。」 「大丈夫。形式上ではすでに存在しないことになっているから。」 「そういう問題じゃなくて。」 「どうして私はここにいるの!?」 はつい、声を荒げてしまった。 はぁ、はぁ、はぁ…。 自分のしてしまったことに驚き、息を切らす。 その様子にイルミはもう一度を見つめた。 「胸、苦しい?」 それを聞いて、はハッとした。 心臓はどきどきしているものの、病的な苦しさというものが…ない。 (何で…?) 「君の病気ね、金を積めばすぐにでも治る病気だったんだ。」 が振り向いた。 しかし、今度はイルミの視線がに向いていなかった。 「どうしてだろうね?」 淡々と、それでも心を侵食していく声。 「や、め…。」 は怯えていた。 お金を出せなかった?…出したくなかった? 心に暗雲が立ち込めていく。 「まぁ、どうでもいいことなんだけど。」 顔を震わせるにイルミが触れる。 肩を抱いて、頭を寄せる。 「そういえばさっきの質問、答えていなかったな。」 は何も言わない。 先ほどのことで、心がそれどころではないといっている。 イルミはそれでも気にせずに話した。 「なんとなく…かな。」 顔を寄せたまま、視線を上げる。 「なんとなく、持ち帰りたいと思ったんだ。」 はその後、少ししてからイルミの胸で泣いた。 張り詰めていた線が切れたのだろう。 泣くに胸を貸しながら、ぼんやりとイルミは思った。 逃がしはしない。逃げさせはしない。 少なくとも俺が君を放したいと思うまでは…ここにいなよ。 ---END--- |