幸せ見つけた

男=芥川慈郎です。

いつも一人だと思っていた。
朝は日の光だけが目覚めを誘い、ゆっくりと動き始める。
学校ではうわべだけの話をして、ときにぼんやりとする。
やがて授業は終わり家路へと歩く。
そして誰もいない玄関で「ただいま」とつぶやく。
どこにも、誰の声も響かない。
仮に何か聞こえたとしても心までは届かない。
今日も…そうだ、ゆっくりと眠ろう…。

-休日-
昼過ぎにはなんとなく外に出た。
本当になんとなく。
冷蔵庫に食材は残っているし、約束があるわけでもない。
朝は眠くって、昼になってやっと目が覚めたから
暇つぶしに外に出てみようと思った。

アスファルトを踏みながらぼんやりと周りを眺める。
風は少し冷たいが、まだ寒いというほどではない。
そんな風を受けながら、
雲の流れや咲き始めた花に季節の変わり目を感じて微笑む。
のんびりとした散歩。
落ち着いた気分と、なぜか寂しさがまとう。

歩いているうちに河原が見えた。
川の近くの土手では、小さな子どもたちが無邪気に駆け回っていた。
子ども特有の高めの声と軽快な足音は、離れていてもある程度は届き、
それがの耳をかさこそとくすぐる。
はそれに引き寄せられるように草むらへ歩み、
ふと足を止めるとその上に腰を下ろした。

空気は穏やかだった。

は遥か遠くをしばらく眺めた後、ゆっくりと目を閉じた。

…………………………。
目を開けると一面の赤が視界を覆った。
どうやらかなりの時間眠っていたようで、
青い空はいつのまにか夕焼け空へと変わっていた。
子どもたちは家へと帰ったのか、周りはとても静かで、
空気は相変わらず穏やかに感じた。
しかしずっと眠っていたわりにはところどころ身体が冷えていず、
むしろかえって温かかったりする。
その原因はとうにわかっていた。
意識が戻ってから、ずっと気になっていた感触。
のすぐ横では一人の男が眠っていた。

色素の薄い巻き毛の男。
年齢は高校生かその辺りだろうか。
邪気のない寝顔を見ればもう少し年を下に見ても良さそうだ。
本当に…気持ち良さそうな寝顔だ。
はそう思い、少しだけ気持ちをやわらげた。
しかし、もう悠長なことはしていられない。
もうすぐ日が沈む。
まさかすぐ横で眠っている人を放って、家に帰るわけにもいかないだろう。
それに…こちらはできるだけ気にしないようにしたいのだが、
先ほどからずっと男の腕はを包み込んでいる。
目を開けても起き上がるのに迷っていた。

しかしやはりそのままでいるわけにもいかない。
はそっと男の腕をつかむと、それを自分の上からどけて、
ゆっくりと上体を起こした。
手に男の体温の名残を感じる。
はもう一度男を見つめた後、深く息を吸い込んで、
その男の胸の辺りを数回軽く叩いた。

「あのー、もうすぐ日が沈みますよー。」
ZZZZZ…。
男は起きなかった。
相変わらず寝息は規則的で表情は実に穏やか。
完全に寝入っている、はそう思わざるを得なかった。
それでもはもう一度同じところを何度か叩いてみた。
しかし男は少し寝返りを打つだけで目覚めはしなかった。
「あのー。」
あせりのせいで、だんだんと声に怒声が混じってきた気がする。
とはいっても、男の胸を強く叩くわけにもいかないので、
今度は肩をつかんで揺らしてみた。
「風邪引きますよー。」
はしばらく男を起こすことに夢中になってしまった。

「んー、ぅん…。」
が疲れてきたころに、
男は声を出しながら身体をがさごそと動かした。
そして腕が伸びてきたかと思うと
その腕で男を見つめているを再び包み込んだ。
は男が完全に寝入っていると判断していたので、
自分を引き寄せる男を跳ね除けることができなかった。
「うーん、俺の抱き枕ー…。」
男は間延びした声でそんなことを言った。
「ちょ…あの、違います!」
服ごしからつたわる男特有の身体の感触でははっとした。

与えられるぬくもりと自分が無意識に作り出すプレッシャー。

後で振り返ってから、また自分を見つめると悲しくなる―――

は眉をひそめると、ほぼ反射的に男の身体を何度も叩いた。
男はしばらくするとぱちりと目を開けた。
はこの状況に何を言うべきかわからなかった。
男は自分の腕の中にいるをじっと見つめた後、口を開いた。
「あれ?抱き枕じゃない…。」
なんだか拍子抜けしてしまった。
男は目をこすりながら起き上がって、もう一度を見つめた。
「おはよー♪」

「今、夕方なんですけど…。」

日はいつの間にか沈んでいた。
2つ3つ星が見え始め、空は夜を告げる。
「あ、そっか。」
「あのー、何でこんなところで寝ていたんですか?」
自分も寝ていたのにその質問は少しどうかと思ったけれど、
それが一番適した言葉だと思った。
「んー、君が気持ち良さそうに寝てたから。」
ゆったりとしたこの空気に合う声だった。
「そうなんですか…。」
は謝罪の気持ちと照れくささを同時に抱き、少し下を向いて苦笑した。

男は綺麗な目でを見つめていた。
「うん。ねぇ、君は名前なんていうの?」
。」
不思議と素直に答えられた。
男は目をきらきらとさせながら口を開いた。
ちゃんっていうんだ。俺はジロー。芥川慈郎っていうんだ。」
「芥川さん…。」
「ちがう。ジロー!」
ジローは自分の呼称を強調させた。
「ジロー…さん。」

戸惑いはあったけど嫌な感じはしなかった。

ふと、は暗くなった空を見上げた。
「あ、そうだ。帰らなきゃ。」
は思い立ったように立ち上がるとジローに軽くお辞儀をした。
「じゃあ、家に帰りますので…。」
そう言ってはジローに背を向けた。
「待ってよ!」
ジローは手を伸ばして何もないところをつかんだ。
「俺、送ってくから。」
の目がはっきりと開いた。

「悪い…ですよ。」
「んーん、俺送りたいの。」
は迷った。
初対面、しかも異性に送ってもらうというのは。
しかしはジローの邪気のないきれいな瞳に断ることができなかった。
――どうしてそんな目ができるのですか?
ジローは目を細めてもう一度声を発した。

「君は…どうしてそんなに寂しそうにしてるの?」

心の隙間にすぅっと入ってくる声だった。
を見るジローはどこか悲しそうだった。
胸が少し締め付けられた。
「あの…帰ろ…帰りましょう?」
苦し紛れの言葉だった。
ジローはしばらくをじっと見つめたかと思うと
突然の片腕をつかんで走り出した。
「行こう!」
「…ひゃっ!」

大きな空気の流れを突っ切るように走る二人。
にまとっていた寂しさは
いつのまにか空気に溶けて、どこかに紛れてしまった。
「うっそ。それでその年?見えなーい!」
「ジローさんだって高校生かと思いましたよ!」
やがての息が切れ、二人は歩き出す。
ジローはあらい息をするを見下ろして微笑んだ。
「よかった。」
「え?」
はとっさにジローを見上げた。

「なんかすっきりしたでしょ。」

は少しの間ほうけていた。
しかしはやがて気を取り戻し、ジローの表情につられたように笑った。

あぁ、「一人」とかそんなのはどこかに置いてしまって、
今ここでささやかな幸せを感じられれば、それはそれでいいかな、と。

誰もいない家、静かな部屋。
コトコト料理の煮立つ音、ざわめきと変わらないテレビの音。
そして、ぼんやりする私。
みんなみんな後まわしに、寄り道していってもかまわないよね。

「また会おうね、同じ場所で。」

は少しだけ目を大きく開いたが、すぐにゆっくりと目を細めた。
つかの間だと思った幸せは、再びあるだろうと告げられて、
は純粋な喜びのもと、ジローに、自分に微笑んだ。

「うん!」


---END---


あとがき

ジローくん、あれでOKですか?なんか普通過ぎるような気がするんですけれど。
ジロー「えーと、やっぱり跡部たちにばれないように会わなきゃなぁ…。」
話も主軸からずれているような…。
ジロー「笑うと結構かわいーし。」
…無視?いや、聞いてない?


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