「あ。」 何気なく、ただ何かに気付いたような声を発したイルミ。 その声に私はごく普通に反応し、声の主を見る。 イルミはそれから何の動きも見せず、 ただじっと自らの指先を見詰めていた。 「どうしたの?」 イルミにしては珍しい仕草。 だからは不思議に思った。 「外れた。」 端的に言葉をつむぐのは彼の性質。 まぁ、尋ねれば、答えても良いことは答えてくれるけど。 少し間をおいて言葉は続いた。 「キルアに仕込んだ針。」 「あぁ、『呪縛』ね。」 言葉と共には軽く笑う。 暗殺者としての行動を深く根付かせるために、キルアの脳に仕込んだ針。 それが幾年を経て外された。 私はイルミと共にいられる人間だけあって、それなりに事情とやらは知っている。 確かにキルアの「才」には目を見張るものがあるけれども。 私にとってのキルアは、(イルミの)かわいい弟君でしかない。 「よかったね。」 「うん。」 にこりと笑う私に、空気は穏やかだと告げている。 一見成立している会話。 しかし、思う意味はそれぞれ違うことを私たちは知っている。 イルミの呪縛に打ち勝ったキルア。 ふと、の脳裏にキルアの笑顔が浮かぶ。 だけれどもイルミは。 その深く黒い瞳に映すものは私と同じではない。 彼の思考はいつも家のために働くのだから。 ――思考が冷えていく。 それなのに、私の中の血は静かにぐつぐつと煮詰まっていく。 私は立ち上がってイルミのほほに手を置いた。 その行動にイルミは視線だけを私にくれる。 普通の人ならばそれだけでひるむものだけれども。 今の私には届かない。 心が冷や水につかって麻痺しているから。 私は静かにイルミに口付けると唇を引き上げてこう言い放った。 「ゾルディック家をのっとりませんか?」 自らが吐いた言葉に脳がかき回される。 本当はすがるように愛しい思いを抱いているから。 そんな情、彼には一片たりとも見せないけれど。 「私と一緒に。」 「ダメ。」 そう言った彼の眼は深くも澄んでいて。 あぁ、やっぱり。 口付けと共に返されたそれは今までの何よりも冷たかった。 ---END--- |