愛に潜むわずかな狂気


美しい死体、綺麗な死体、
一般表現としては不可解なのかもしれませんけれど、
あなたにはその言葉が似合うのです。ねぇ…さん?
辰羅川はすぐそばで横たわっている
の身体を見下ろしてわずかな笑みを形作った。

戦場の中、人は想う。

あなたは私たちのマドンナでした。
誰にでもお優しく、誰にでもその美しい笑顔を臆面もなく見せる。
皆、皆あなたのことが好きでした。
もちろん私もその一人です。

だから私はあなたを殺しました。

はじめはあなたに生きていただきたい、そう思いもしました。
しかし、私は気づきました。
あなたのような方がこのような世界で、苦しみも悲しみも
すべて背負って生きていくなんて残酷なことです。
こんな汚れた世界で、あなたのような清らかな方が
生きて何になるというのでしょう。
それに、もし、ふらちな方があなたを襲うなんてことがあったとしたら…
私は憎悪で狂ってしまいそうです。

だから私はあなたがお綺麗なうちに、
あなたが残酷な事実を知ってしまわないうちに
あなたをここよりもっと綺麗な世界へ逝ってもらおうと思いました。
わかっています。
これが私のわがままだということは。

あぁ、それにしても美しい…。
いずれ肉体は腐敗してしまうから、今だけのことなのでしょうけれど。
安らかな表情、つややかな唇、しなやかな手足、
それらの真ん中の、胸に咲く大輪の紅い花―――――。
辰羅川はの姿をまじまじと見つめ、もう一度笑みを作った。
その数十秒後、正確にはをしばらく見つめた後、
自らの身体を起こそうとしたそのときだった。

――ぱぁん――――――

辰羅川の胸にと同じ紅い花が華やかに―――咲いた。

「あ……………。」

辰羅川は驚きで目を見開いた。
しかし、辰羅川はふと張り詰めていた糸が切れたように、
自分が倒れるほんの短い間に、ごく自然に自らの表情を緩めた。

あなたのそばで死ねるのですね?
うれしいです…。


辰羅川はに折り重なって倒れた。
そしてそのまま息を引き取った。
枯葉がかさこそと寂しげな音をたてる。

「辰……………。」
辰羅川を殺したのは彼の親友とも言える犬飼だった。
ゲーム中、犬飼は辰羅川を探すことに重点を置き、行動してきた。
ずっと辰羅川のことを心配していた。
そして辰羅川を見つけたとき、その心配は悪い方向で的中した。
犬飼はそのときの辰羅川に対する自分の行動をきめていた。
もし辰が狂気におぼれてしまったのならば、「俺は辰を止めよう」と。

まさか辰のすぐそばでが死んでいるなんて…。

辰がを好いているのは知っていた。
辰がを殺したというのはなんとなくわかる。
そんなの辰の顔を見ればわかる!
だから俺は辰を止めるべきだと思った。

「辰………なぜっ!」
犬飼は苦々しい表情で自らの唇を噛んだ。
後に唇が切れ、不快な味が舌に染み渡ったが、
犬飼はそれにかまおうとしなかった。
自分の弱さが悔しくって仕方がない。
犬飼はその場で立ち尽くした。
ふと、サァっと塵を一掃するかのような風が吹いた。
そしてまた、胸が締め付けられるような泣き声が聞こえた。

少しして、犬飼は空を見上げた。
今は晴天だ。
こんな状況でなければ、すがすがしい気持ちで過ごせたのに。
満面の気持ちで野球が…できたのに。

その果てしなく続く青い空が妙に憎しみを募らせた。


---END---

綺麗な死体って何なのでしょうね。愛ゆえの感覚なのでしょうか。


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